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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)4号 判決

原告 高山直

被告 東京国税局長

訴訟代理人 鎌田泰輝 木暮栄一 桜井卓哉 ほか五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告が原告に対して昭和四一年一二月二六日付でした懲戒戒告処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二請求の原因

一  原告は大蔵事務官として、昭和四一年一〇月当時は足立税務署徴収課に勤務し、かつ、全国税労働組合(以下全国税という。)足立分会(以下、単に分会ともいう。)に所属する組合員であり、その副分会長の地位にあつた。

二  被告は、原告の任命権者である。

三  被告は原告に対し、昭和四一年一二月二六日付をもつて、国家公務員法八二条各号に該当するとして同条による懲戒戒告処分(以下、本件処分という。)をし、その頃同法八九条所定の処分説明書を交付した。

四  しかしながら、本件処分は違法であるから、その取消を求める。

第三請求原因事実に対する認否〈省略〉

第四本件処分の適法性に関する被告の主張

一  本件処分の理由

原告は、昭和四一年一〇月一四日及び一五日、足立税務署総務課長、総務課長補佐、総務係長らが同署長の命を受けて同署庁舎一階にある全国税足立分会の使用にかかる掲示板(以下、本件組合掲示板という。)に掲示されていた「ストライキ宣言」等掲示紙(以下、本件掲示紙という。)を撤去しようとしたところ、次の行為を行つた。

1  昭和四一年一〇月一四日

(1) 同日午後二時三八分ころ、同総務課長らが本件掲示紙を撤去していた際、他の職員とともに本件組合掲示板前にかけつけ、暴言を吐きながら同課長らの胸を肘で押すなどして遂に同課長らの撤去行為を不能ならしめ、その間、再三にわたり同課長らが伝達した署長の職場復帰命令に従わず、同三時五分ころまでの間ほしいままに職務を放棄し、かつ、同課長らの右職務の遂行を妨げた。

(2) 同日午後四時五〇分ころ、同総務課長らが再び本件掲示紙の撤去に着手するや、直ちに他の職員とともに本件組合掲示板前にかけつけ、同課長らを背中で押すなどして暴行を加え、さらに撤去した掲示紙を手に持つていた同総務課長補佐の背後から、暴言を浴せながら同掲示紙を奪取し、同掲示紙を丸めて同課長補佐の左手首を打つなどの行為を継続し、その間同署徴収課長が伝達した同署長の職場復帰命令に従わず、同五時までの間ほしいままに職務を放棄し、かつ、同総務課長らの右職務の遂行を妨げた。

2  同月一五日午前九時四〇分ころ、同総務課長らが再び掲示されていた本件掲示紙の撤去を開始するや、直ちに他の職員とともに本件組合掲示板前にかけつけて、暴言を吐きながら同総務課長補佐の背中を押すなどして、その撤去行為を妨害し、その間同署所得税第一課長らが伝達した同署長の職場復帰命令に従わず、同一〇時ころまでの間ほしいままに職務を放棄し、かつ、同総務課長らの右職務の遂行を妨げた。

原告の叙上の行為は、国公法九八条一項、九九条、一〇一条一項前段にそれぞれ違反し、同法八二条各号に該当する。

二  本件掲示紙撤去行為の正当性とその根拠

1  掲示板使用についての制約

(一) 本件組合掲示板は、昭和三六年七月足立税務署庁舎が新築された際に当局が設置して分会に使用を許したものであつて、国有財産法三条にいう行政財産に属し、管理主体たる同署長の有する庁舎管理権が及ぶものであるから、職場の秩序を乱すような使用が認められるものではなく、右のような使用がある場合には、秩序維持の権能に基き管理主体が違法状態を排除できるものである。本件組合掲示板に分会が掲示物を掲示し得ることの法律的性格は、同法一八条三項の規定に基いて掲示板の管理主体である同署長が分会に対してその使用を許したことによるものというべく、組合の活動が憲法ないし法律によつて認められているからといつて、当然に行政財産を使用し得るものではない。したがつて、分会は同法一八条一項の規定にかんがみ、本件組合掲示板につき本来の使用権を有するものではなく、あくまでも正常な組合活動にのみ使用することを条件としてその使用を認められていたにすぎないものである。

よつて、本件組合掲示板の管理者は、分会にその使用又は利用を許した場合においても、利用者がその利用において掲示板の維持保全の目的に背反し、あるいは公務秩序を乱す行為を行う場合又はその恐れのある場合は、庁舎管理規則の有無にかかわらず、庁舎管理権を行使してこれを排除する措置ないし命令をとりうるものといわなければならない。而して、この命令を受けた職員等は、当然これに拘束されることとなる。特に同署においては、前記新庁舎の掲示板使用を認めるにあたり、同署長が分会に対し、旧庁舎時代には分会が掲示板以外の庁舎施設にビラ、ポスターを貼り、あるいは掲示板に違法と目されるビラを掲示したことがあつたので、今後かかることがないよう注意するとともに、組合掲示板には正当な組合活動と認められるもののみを掲示し、公序良俗に反する違法不当なものは掲示しないこと、もし分会がこのような違法不当なものを掲示した場合は、分会に撤去を要求し、分会が応じないときは当局において撤去する旨を申し渡している。

なお、原告は、本件組合掲示板は物品管理法二条にいう物品であつて行政財産ではないと主張するが、本件組合掲示板は前記のとおり庁舎新築工事の際庁舎そのものの一部として設置されたものであつて、その形態、大きさ、構造及び設置方法からみて、原告が主張するように釘で備えつけられたものではないし、またその形状を損うことなくこれを取りはずし移動して使用できるものではないから、右にいう物品すなわち動産には該らない。仮に物品に該るとしても、同法三〇条により私権の設定は認められていないし、物品を貸し付ける場合は「物品の無償貸付け及び譲与等に関する法律」(昭和二二年法律第二二九号)に基く「大蔵省所管に属する物品の無償貸付及び譲与に関する省令」(昭和三七年大蔵省令第八号)によることとなつており、本件組合掲示板は同法令に定める貸付けができる場合に該当せず、かつ現実にも貸付けの措置はとつていなかつたから、結論においては差異を生ずることはない。

(二) 憲法二八条の保障する労働基本権は、極めて重要な権利ではあるが、絶対無制限のものではない。すなわち、同法二二条は基本的人権について公共の福祉、国民全体の共同利益のための制限をやむを得ないものとしており、また同法一五条二項の規定からは、公務員がその地位の特殊性の故に基本権の制限を受けるという解釈が導かれる。そして国公法はこれを受けて、九六条一項、九八条二項の各規定により国家公務員の労働基本権を制限しているのである。

原告らは税務職員として租税収入の確保を図ることがその職務の内容であつて、その職務は国家財政上の見地から極めて公共性の強いものであるから、原告らの有する労働基本権が制約を受けることは当然のことといわなければならない。

2  本件掲示紙、掲示行為の違法不当性

(一) 本件掲示紙は、総評及び公務員共闘会議(以下、公務員共闘という。)が経済的要求のみならず「アメリカのベトナム侵略反対」等の政治的要求をも合せ貫徹することを目的に、昭和四一年一〇月二一日公務員を含めて統一ストライキを行うことを宣言し、あるいは統一ストライキへの参加を呼びかけることをその内容としており、ストライキを禁止された国家公務員に対し政治的目的を含んだストライキをあおり、そそのかすものであることは、その文言からして極めて明白である。すなわち、本件掲示紙及びその内容は、次のとおりであつた。

(イ) 「ストライキ宣言」これは、総評及び公務員共闘連名の昭和四一年一〇月一二日付のもので、その末尾に「われわれは一六〇万公務員労働者の統一と団結をかため、総評に結集するベトナム反戦、最賃制確立、炭労首切り合理化阻止の全労働者とともに敢然としてたたかい、要求実現をめざし、『一〇・二二』統一ストライキを全力をあげてたたかい抜くことを宣言する。」と記載されており、その大きさは新聞紙二頁(縦五四・五センチメートル、横八一・三センチメートル)をひとまわり拡大した程度のものであつた。

(ロ) 「秋闘四大要求獲得のため統一ストライキで闘おう」(以下、「秋闘四大要求獲得」と略する。)これは、総評発行のポスターであり、右の標題のほか、四大要求の内容として〈1〉公務員労働者の大幅賃上げを闘いとろう!〈2〉全国一律最低賃金制を闘いとろう!〈3〉アメリカのベトナム侵略にスト抗議しよう!〈4〉石炭合理化に反対し、炭鉱労働者と住民の生活権を守ろう!と記載されており、その大きさは新聞紙一頁(縦五四・五センチメートル、横四〇・六センチメートル)程度のものであつた。

(ハ) 「全国一律の最低賃金制をストライキで斗いとろう」(以下「最低賃金制」と略する。)これは総評発行のステツカーであり、右文言が記載されていて、その大きさは新聞紙一頁の四分の一(縦四〇・六センチメートル、横一三・六センチメートル)を若干小さくした程度のものであつた。

されば、税務の職場内においてかかる文書を掲示した本件掲示行為が国公法九八条二項後段の規定に違反するものであることは論をまたない。

なお、付言すれば、この統一ストライキは、公務員共闘さん下の職員団体による一時間の勤務時間内職場集会の開催を含み、また、当時分会が日刊態勢のもとに組合機関紙を発行する等極めて活発な組合活動を行い、かつ、統一行動に参加を呼びかける文書を配布していた事実等から判断すると、本件掲示は、当時分会員をして右勤務時間内職場集会等を実行させ、職務の停廃を招来させる危険性を多分に有したものであるが、税務職員は前記のように国家の財政収入中の租税収入確保をその職務とし、国家の存立ひいては国民の生活、福祉に密接な関係を有する極めて公共性の強い職務であつて、その職務の停廃は全く許されないものである。

(二) 本件掲示物の内容は、前記のとおりストライキをあおり、そそのかすものであり、その掲示場所は庁舎内でしかも納税者等の通行人の多い一階の廊下であつて、部内の職員はもちろんのこと部外者の目にも容易に触れる所であつた。よつて、仮に分会にストライキ実行の意思がなかつたとしても、これをそのまま放置するならば、被告がストライキを容認しているかの如き誤解を招く恐れがあるとともに、職場秩序維持の見地からも極めて不当なものであることはもとより、部外者からも税務行政の信用を失う結果となる事情が存したものであり、国有財産法及び国公法に照らして違法不当たるを免れないものであつた。

3  本件掲示紙撤去の正当性

本件掲示行為は前記2において述べたとおり違法不当にわたるものであり、本件組合掲示板は足立税務署長の有する庁舎管理権が及び、また被告は本件組合掲示板を分会に便宜供与するに際し、庁舎管理上支障があると認められた場合又は掲示物の内容が違法不当なものであると認められた場合には、被告の指示により掲示板の使用をとりやめ又は掲示物を撤去する旨を指示し、そのうえで分会に使用させていたものであるから、被告は再三にわたつて本件掲示は違法である旨を説明したうえ本件掲示紙の撤去を庁舎管理権に基づいて分会に求めたのであるが、これは当然の措置であり、また、分会がこれに応じなかつたことからやむを得ず本件掲示紙を撤去したものであつて、これは管理者としての当然の職務行為であり、なんら違法ではない。すなわち、本件撤去は、まさにその目的及び手段において正当であつたということができる。

なお、掲示紙は、その再度の掲示によつて重ねて作出される違法状態を未然に防止するため、「一〇・二一」統一行動日が経過するまで被告において保管し、同月二二日分会長山崎俊雄に返還した。

三  本件職場復帰命令の正当性

被告が本件紛争時、原告を含む分会員に対し職場復帰命令(職務命令)を発したが、本件職務命令は、足立税務署長の命を受けた副署長、総務課長、所得税第一課長及び原告の上司が発出したものであり、形式上適法であるのみならず、その内容もなんら法令に違反するものではなかつた。仮に右職務命令に瑕疵があつたとしても、その瑕疵は客観的に明白であるとは到底いえないから、原告らは右職務命令に拘束され、これに服従すべき義務があつたものである。

第五被告の主張に対する認否〈省略〉

第六抗弁〈省略〉

第七抗弁事実に対する認否〈省略〉

第八証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一から三までの事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分の適法性に関する被告の主張について判断する。

1  本件処分の理由に関する主張について

昭和四一年一〇月一四日及び一五日に、足立税務署総務課長、総務課長補佐、総務係長らが同署長の命を受けて、同署庁舎一階にある全国税足立分会の使用にかかる本件組合掲示板に掲示されていた「ストライキ宣言」等の本件掲示紙を撤去しようとしたことは、原告の明らかに争わないところであり、一四日午後二時四〇分すぎ、同日午後四時五〇分すぎ及び一五日午前九時四〇分ころの三回にわたり、原告ら分会員が本件組合掲示板前にかけつけ、当局側の右撤去行為に対して抗議を行つたことは、原告の認めるところである。

〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められ、右認定に反する〈証拠省略〉は信用しない。

(1)  一四日午後二時三五分に当局側が本件掲示紙の撤去に着手するや、その直後原告ら八名の分会員が一せいに本件組合掲示板前に押しかけてきて、「何をするんだ」「組合の財産をかつぱらうのか」「泥棒」などと怒鳴りながら、体あたりをくらわせたり、肘で突いたり、足蹴りにして撤去行為を妨害し、二時四五分ころには山崎分会長もこれに加わつた。この妨害行為では、遠藤利昭分会員と並んで原告の行動が最も激しかつた。午後二時四〇分ころに総務課長が「直ちに職場に帰つて仕事をせよ。」と職場復帰命令を出し、分会員らの上司である徴収課長や所得税第一課長らも職場復帰命令を出したが、分会員らはこれに従わず、午後二時五〇分及び午後三時には署長の職場復帰命令が総務課長によつて分会員らに告知されたが、原告らはこれにも従わず、当局側が午後三時五分に現場を引揚げるまでの間、勝手に職務を放棄した。なお、右妨害行為のため、当局側は「ストライキ宣言」の掲示紙は撤去することができなかつた。

(2)  同日午後四時五〇分ころ、当局側が本件組合掲示板に貼つてあつた「ストライキ宣言」の掲示紙の撤去に着手するや、前同分会員が一せいに押しかけ、同様の罵声を発し、体あたりをしたり、背を突ついたりして撤去行為を妨害し、特に原告は、撤去した「ストライキ宣言」を丸めて持ち上げていた総務課長補佐の背後から飛びかかつてこれを奪い、とり返そうとする課長補佐の手首を右掲示紙を丸めて打つなど激しく行動した。その間、分会員らは、署長の職場復帰命令が北原副署長によつで告知されたにも拘らずこれに従わないで、同五時までの間勝手に職務を放棄した。

(3)  一五日に再び「ストライキ宣言」「秋闘四大要求獲得」の掲示紙が本件組合掲示板に貼り出されていたので、午前九時三五分ころから当局側が撤去に着手したところ、原告は山崎分会長ら分会員七名と本件組合掲示板前にかけつけ、前同様の暴言を吐きながら体当りしたり、背中を押すなどして撤去行為を妨害し、午前九時四〇分ころに分会員の上司である徴収課長、管理課長、所得税第一課長らが出した職場復帰命令に従わず、午前一〇時ころまでの間勝手に職務を放棄したが、この際にも原告の行動が特に激しかつた。なお、掲示紙はいずれも撤去され、当局においてこれを保管し、統一行動日経過後分会に返還された。

2  本件掲示紙撤去行為の正当性に関する主張について

(一)  掲示板使用に関する制約について

本件組合掲示板が昭和三六年七月足立税務署庁舎が新築された際に、当局が設置して分会に使用を許したものであることは原告の明らかに争わないところであり、〈証拠省略〉によれば、右掲示板は緑色の布地を張つたベニヤ板に木枠をめぐらした縦九一センチメートル、横一九〇センチメートルのもので、同庁舎一階正面ホールから食堂に通ずる廊下のコンクリート壁面に凹みをつくつてはめ込み接着させてあるものであることが認められるから、庁舎の一部として国有財産法二条にいう国有財産であり(原告は、本件組合掲示板は物品管理法二条にいう物品であると主張するが、誤りである。また、原告の主張するような掲示板使用契約の締結を認める証拠は何もない)、国有財産法三条にいう行政財産に属し、分会が本件組合掲示板の使用を許されたのは同法一八条三項の規定にもとづくものと認むべきである。したがつて、本件組合掲示板の使用は、管理主体たる同署長の有する庁舎管理権に服するものである。

しかして、同条項にいう「その用途又は目的を妨げない限度において」は、行政財産の使用又は収益を許可するにあたつての要件であるとともに、右要件に反する使用又は収益がされた場合には許可を取消すことができるものとして、許可を受けた者の使用又は収益の方法、態様に対する制約でもあると解されるから、分会の本件組合掲示板使用については、庁舎設置の目的達成に障害とならない方法、態様においてされることを要するものである。反面、庁舎管理権の面からみれば、庁舎を国の事務の円滑な運営の用に供し、庁舎設置の目的を達成するために、使用又は収益を許可した行政財産についても、その使用又は収益の方法、態様についての管理を怠らず、右目的に反する事態が現出したときは、積極的に管理権を行使して庁舎において営まれる国の事務の正常な運営に支障なからしめることが、管理主体の国に対する義務であるといわなければならない。そして、行政財産の使用又は収益の方法、態様が庁舎設置目的に反することによつて国の事務の運営に支障を生ずることは、直ちに公共の利益の侵害に結びつく性質のものであるから、管理主体が右侵害状態を可及的速やかに自ら排除することは、その方法、程度が適切かつ公正を欠くものでない限り、庁舎管理規程の有無に拘らず、また使用又は収益の許可に際してその旨を告知していたかどうかを問わず、国に対する管理義務の履践として、当然に許容される庁舎管理権の行使と解すべきである。

もとより、組合掲示板は労働組合の指令、意思、情報等の伝達の媒介体として、団結の維持確保等組合活動に重要不可欠の役割を果すものであることは原告主張のとおりであるが、行政財産を組合掲示板として使用する根拠が前記条項の規定にもとづく許可にあるとするならば、庁舎設置の公共性に照らし、前記のような制約を免れ、また庁舎管理権の行使を排斥しうるものではないし、その意味では右組合掲示板の使用方法、態様について庁舎管理権が及ぶことは、公共の利益からする団結権に対する制限と認めなければならない。

(二)  本件掲示紙、掲示行為の違法不当性について

(1) 本件掲示紙が「ストライキ宣言」「秋闘四大要求獲得のため統一ストライキで闘おう!」「全国一律の最低賃金制をストライキで闘いとろう」という標題もしくは標語を掲げた各紙で、その記載文言、大きさが被告主張のとおりであることは、原告の明らかに争わないところである。そうすると、「ストライキ宣言」については、総評及び公務員共闘が連名で「われわれは一六〇万公務員労働者の統一と団結をかため………『一〇・二一』統一ストライキを全力をあげてたたかい抜くことを宣言する。」としている点において、「秋闘四大要求獲得」については、総評名で「統一ストライキで闘おう」としている点において、また「最低賃金制」については、総評名で「ストライキで闘いとろう」としている点において、いずれも国家公務員が禁止されているストライキをそそのかし、若しくはあおつている内容のものであり、他方、 「ストライキ宣言」については、 「総評に結集するベトナム反戦………の全労働者とともに敢然としてたたかい、要求実現をめざし………統一ストライキを全力をあげてたたかい抜く」としている点において、 「秋闘四大要求獲得」については、四大要求の一として「アメリカのベトナム侵略にスト抗議しよう!」を掲げている点において、いずれも政治的目的を有する文書である。

したがつて、これらの文書を本件組合掲示板に掲示することは、国家公務員に対しストライキをそそのかし、若しくはあおることになつて国公法九八条二項後段の規定に違反し、また政治的目的を有する文書を庁舎に掲示することになつて同法一〇二条一項、人事院規則一四-七の五項五号、六項一二号の各規定に違反するものである。

(2) 原告は右に関し、まず、総評は労働組合の協議機関であり、公務員共闘は文字どおり共闘組織であつて、いずれも加盟組合や組合員に対し指令、指示権をもたないから、本件掲示紙はいずれもストライキをそそのかし若しくはあおるものと理解さるべきではないと弁明するが、文書の記載内容がストライキをそそのかし若しくはあおるものであるかどうかを判断するにあたつては、その客観的、合理的な解釈により決すべきであつて、右のような指令、指示権がないとの一事で消極に解すべきでないことはいうまでもない。また原告は、全国税は「早朝ビラまき」と「昼休み集会」の二つで一〇・二一統一行動に参加することを決定していて、その内容は勤務時間内にくいこむものではなくその意図もなかつたものであり、当局もこのことを熟知していたと弁明するが、このような事情も文書の意味内容の解釈にあたつては問題にならない。さらに原告は、本件各掲示紙は、全国税が情報伝達活動、教宣活動の一環として労働運動全般の状況を組合員に周知させ、連帯の意図を明らかにするために掲示したものであつて、ストライキをあおり若しくはそそのかす意図はなかつたと弁明するが、文書の内容が前判示のとおりである限り、単なる情報伝達や教宣の活動の一環にすぎないとは認めがたい。よつて、原告の弁明は、いずれも肯認できるものではない。

(3) そして、争議行為をそそのかし若しくはあおる内容の文書又は政治的目的を有する文書を庁舎内の組合掲示板に掲示することは国公法に違反すること(1)に判示のとおりであるが、かかる掲示を当局において放置するときは、国家公務員に禁止された争議行為を当局が許容ないし黙認するかの如き状況となり、組合員をして争議行為を実行せしめ、庁舎において遂行される国の事務の円滑な運営に支障を生ずる虞があり、また公務員の政治的中立性に対する国民の信頼を失わしめる虞があつて、これらはいずれも庁舎設置の目的に反する事態といわなければならない。

したがつて、本件各掲示紙を本件組合掲示板に掲示することは違法であつて、庁舎管理権による規制の対象となりうべきものである。

(三)  本件掲示紙撤去の正当性について

(1) 本件掲示行為が前判示のとおり違法であり、庁舎管理権による規制の対象となりうべきものであるところ、〈証拠省略〉によれば、当局側が自力撤去に踏み切つた経緯並びにこれに関連する事情として、次の事実が認められる。

(イ) 一〇・二一ストライキの一環として公務員共闘が予定している半日休暇闘争、時間内職場大会の計画に対しては、昭和四一年九月三〇日に総理府総務長官の警告談話が発表され、足立税務署においても総務課長が山崎分会長を呼び、右談話を中心にして分会が国公法に違反する行動に出ないよう厳重に注意した。しかし、国公共闘はその機関紙国公労新聞一〇月七日号で「一〇・二一大統一行動に全員参加しよう」との見出しのもとに参加を呼びかける記事を載せ、日程として「一〇・二一」総評全労働者統一ストライキ、国公各単組は時間内外の職場大会と記載した。一方、全国税はその機関紙九月二五日号で「一〇・二一統一ストライキには、全組合員が、組合旗をたてて、早朝ビラまき昼休み集会の統一行動で参加します。地域集会にも全組合員が参加します」と記していたが、分会はその機関紙一〇月一一日号で「一〇・二一統一ストを支援し、成功させよう」との見出しで、「総評、中立労連を主体にした全国の労働者が大統一ストライキに立ち上がる。私達全国税も国公共闘に結集し、………早朝ビラまき、職場集会、リボン戦術などでこの大統一行動に参加します」とするほか「一〇月一二日の大統一スト………世界ではじめてのゼネストとなるばかりでなく………」とか「一〇・二一統一ストを支援し、統一行動に参加しよう」との意見や呼びかけを表明し、これら機関紙を当時は毎日発行して全職員に配布し、一〇月一〇日頃からはひんぱんに執行委員会を開いて活発な組合活動を続けていた。

(ロ) 当局側は、一〇月一四日昼ころに本件掲示紙を発見したので、その撤去を求めるべく総務課長が山崎分会長を呼んだが、出張中で不在であつた。そこで総務課長は、副分会長である原告を呼んだが応じなかつたので、署長命令をもつて原告に対し総務課長席に来るよう命じたところ、原告は「そんな命令を聞く耳は持たない。」といつて受けつけなかつた。やむなく総務課長補佐が原告席に出向き、署長命令として午後二時三〇分までに本件掲示紙を撤去することを命じ、分会が撤去しない場合には当局側において撤去する旨を伝達したが、原告はこれに対しても「聞かん。何も聞かん。」と答え、午後二時三〇分を過ぎても撤去しなかつた。また、午後三時半に山崎分会長を総務課長の席に呼び、午後四時までに本件掲示紙を撤去することを命じたが、分会側はこの時も相手にせず、所定の時刻を過ぎても撤去しなかつた。

(ハ) 当局側の本件掲示紙の撤去行為は、署長命令に基いて行われ、「ストライキ宣言」は総務課長補佐が、「秋闘四大要求獲得」は総務課長が、「最低賃金制」は総務係長が、それぞれ撤去方を担当し、撤去行為は器具を用いず、手で掲示紙の周囲に止められていた画鋲をはずす方法で行われた。そして、撤去行為中に分会員らが「なぜ撤去するのか」と質したのに対し、総務課長らは「公務員法に違反する虞があるからだ。」とその理由を説明した。また、一四日に一旦撤去された「秋闘四大要求獲得」は一五日に再び掲示されていたが、一五日には掲示紙はいずれも当局側によつて撤去され、当局においてこれを保管し、統一行動日経過後分会に返還された。

(ニ) なお、足立税務署において掲示が問題にされた事例としては、本件の以前及び以後に次のような事件がみられる。昭和三五年一一月の衆議院議員選挙の際、分会が特定候補支持のポスターを貼つたので、国公法、人事院規則、公職選挙法に違反するということで、署長が分会長を呼んで警告し、分会側が撤去した。昭和三六年春闘に関連し半日ストライキを実行するとのビラが貼られ、国公法に違反するということで署長が分会に対し撤去を命じたが、分会が応じなかつたので総務課長らが撤去した。昭和四〇年一〇月二二日総評、公務員共闘のストライキ宣言が掲示され、国公法に違反するということで署長が分会に対し撤去を命じたが、応じなかつたので総務課長と総務課長補佐が撤去した。昭和四二年から昭和四九年までは、昭和四五年及び四六年を除き、毎年右と同じ事態が繰り返された。昭和四二年四月東京都知事選挙の際、分会が全国税東京地連の機関紙を掲示したところ、その一部が公選法に違反するということで署長が分会に対し撤去を命じ、分会も撤去を認めた。

(2) 右認定の事実によれば、一〇月に入つてから公務員共闘や国公共闘による闘争態勢は緊迫し、これを受けて足立税務署においても一〇・二一統一ストライキに際して違法な争議行為が敢行される危険性も否定できず、しかもその危険性は本件掲示紙の掲示によつて一層助長され、さらにその撤去を分会が全く肯んぜず任意撤去の見込みがなくなつた段階に至つて、公務の正常な運営を保持するため当局が自力撤去をもつて違法状態の排除に踏み切らざるをえなかつた緊急性が存したものといえるし、自力撤去に着手するまでの手続や撤去の方法、程度において適切かつ公正を欠くものではないと認められるから、当局側の本件掲示紙撤去行為は正当であつたというべきである。

3  本件職場復帰命令の正当性に関する主張について

当局側の本件掲示紙撤去行為が、庁舎管理権の行使としての適法な署長命令に基く総務課長らの職務行為であり、原告ら分会員の冒頭判示の行為は右職務行為を妨害するものとして、その間原告ら分会員は勝手に職務を放棄しているものと認めるほかないから、署長が原告ら分会員に対して職場復帰命令を発出したのは適法であり、原告ら分会員はこれに服従すべき義務があつたものである。

4  叙上判示のところからして、本件処分の適法性に関する被告の主張は理由がある。すなわち、本件処分の理由とされた原告の行為は、国公法九八条一項、九九条、一〇一条一項前段の各規定に違反し、同法八二条各号の規定に該当する。そして、その態様、程度に照らし、被告が懲戒処分として戒告処分を選択したことは相当と認められる。

三  原告は、本件処分は処分権を濫用したものであり、また不当労働行為によるものであると抗弁するが、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。

四  そうすると、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 原島克巳 仲宗根一郎)

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